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『つくる』に向き合う企業や個人の成長戦略を、「デザイン」や「ブランド」に軸足を置いた事業戦略・商品戦略で支援しています。

モノ/サービス/人・・・いずれにせよ魅力的に『つくる』、そのカギは『企業の創造性×表現力』です。
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2007年05月27日

フェラーリとポルシェの2台から考えるデザイン戦略の違い

このところフェラーリとポルシェというメジャースポーツカーの、2台の限定生産車両を見比べる機会がありました。

フェラーリはエンツォ・フェラーリ、もう1台のポルシェはカレラGT。

この2台を同時に見ていると、ビジネスにおけるデザインの考え方や扱いについての違いを色々と考えてしまいました。


一応これらのクルマについてざっくりと説明しますと、


○エンツォ・フェラーリ (2002年):

フェラーリ社創業55周年記念車として企画されたクルマ。
生産数399台+1台(チャリーティーオークション車)、多くの部分をカーボンファイバー製としたボデーにF1エンジンに由来するという排気量6.0LのV12エンジンを搭載し、日本国内での新車時の販売価格が7000万円台(林田記憶価格)


○ポルシェ・カレラGT (2003年):

生産台数1270台(当初計画1500台)。こちらは、フル・カーボンファイバー製ボデーに、これまたル・マンだかF1だか由来の、5.7L-V10エンジンを搭載したクルマで、新車時の日本での販売価格が6000万円台(これも林田記憶価格)


といった感じで、この2車ともにクルマの成り立ちは似おり、最もシンプルに表現するなれば、どちらもレーシングカーが路上に出てきたようなクルマな訳です。(この頃はメルセデスも、SLRマクラーレンなんてクルマをリリースしたりしていた時期でした。)


さてこの2台、デザインのアプローチという点では、全く異なるところにワタシは興味を引かれます。

ただデザインとは言っても、「スタイリング」としてのデザインについて、どちらがかっこ良いとか優れているかなどという点を考えることや、造形面での解説を試みるつもりはありません。

カッコイイか否かということは、ユーザー側の好き/嫌いの感情の問題であるし、そもそもスーパーカーなどという商品において、その提供者側である企業も、スタイリング・デザインに関わったデザイナーも、かっこ悪いモノを作っているつもりなど有るはずがないのですから。


ワタシが気になるのは、ワタシの仕事のテーマでもある企業の戦略の中でデザインをどう選択し、適用させているのか、という部分にあります。


では、そういったビジネスにおけるデザイン戦略の視点で、この2台の特別なクルマを見ていったときに何が見えてくるのか。

エンツォの方は、フェラーリの他の量産モデルと一切似ていない、『特別なフェラーリ』であることを主張するデザインを採用しています。もし、「お約束」の位置についている馬のマークが無ければ、リアに4つの丸型テールライトがあることが、かろうじてフェラーリであることをイメージできる数少ない拠り所、というくらい特別感を強調しています。

そしてこの手法は、F40という創業40周年記念車をリリースしたとき以来、「**周年記念限定車」に対して、フェラーリが採用する共通のデザイン方針でもあります。
世界中のコレクターが欲しがるのも判ります。


他方、カレラGTはといえば、一目見てポルシェ・ファミリーと判るデザインを採用しています。
こちらは、恐らくポルシェのマーク類が無くても、多少の好きモノがクルマをみればポルシェであろうと想像が付きます。

ただ、最新テクノロジーを盛り込んだ、恐ろしく高価なクルマとしては、印象が弱い感は否めません。

更に口悪く言えば、脱着式のルーフを外したスタイルは、見る角度によっては『間延びしたボクスター』という雰囲気です。

ここで一つの疑問が湧きます。ポルシェのラインナップの中でも飛び抜けて高価なカレラGTが、1/10ほどの価格のボクスターと似た印象であることがどうなのか?

少なくとも、この手のクルマの『所有』が目的となっているリッチ・ピープルへのアピールは弱いのではないでしょうか?


また、運転という行為に関してのアプローチも、両車のアプローチは異なります。

エンツォの方は、今やフェラーリ購入者の殆どが選択する、クラッチのない2ペダル+ステアリングパドルで変速するマニュアルミッションが採用されており、極端な話オートマチック車が運転できればOK。

対するカレラGTは、ごく普通の3ペダル+シフトレバー“かきまわし”のマニュアルミッションという、古典的な様式を守っており、『運転の下手なヤツは乗るな』のサインを出しています。



この様に見比べていく中でこの2車の異なる部分は、フェラーリ、ポルシェの両メーカーがそれぞれの特別なモデルに託した、意味性が異なるのではないか、というのが今回2台を見ながらワタシが持った結論でした。
そう考えていくと、どちらのデザインにも納得がいきます。

それはどういうことか。

エンツォは、フェラーリにとっての超優良顧客へのサービス。
決して、初めてフェラーリを購入する人は、エンツォの販売対象として見ていません。

だから、その人たちが既に所有している、他の量産モデルのフェラーリとは全く異なるデザインとテクノロジー・パフォーマンスを備える必要がある。

399台の生産台数の中の少なくない台数が、恐らくエンツォの開発がスタートした時点で、既に行き先が決まっていたとしても不思議はありません。


他方、カレラGTが担っているのは、ポルシェという企業の技術力のプレゼンテーションケースの役割。(彼らは、他社へのエンジニアリング・コンサルティング業としての顔も持っていますから)

だから、ポルシェであることがひと目で判らなければ意味が無い訳ですし、イージードライブのシステムを組み込むことも重要視しなかった。
そしてこのカレラGTそのものが売れること以上に、更なるポルシェ全体としてのブランド力や収益の拡大への、イメージリーダーとして牽引することへ、期待が込められているのではないでしょうか。

この仮説の場合、年間の生産台数が9万台ほど(うろ覚えですが)のポルシェにおいて、1500台(最終的には1270台)という企画台数が適正なのかという点は判断がつきませんが、少なくともそれくらいの台数分は、投機対象ではなくパフォーマンスを楽しむ顧客がいるとポルシェは読んだのだと思います。


この2台のクルマに対して、今回ワタシが立てた仮説が正しいかどうかは判りませんが、戦略が異なればデザインの方針も異なる、ということが良く見えた事例に感じました。

そこにあるのは、誰かの好き/嫌いではなく経営判断でデザインを活用すること。



起業家や企業が商品やサービスを通して提供する価値は、積極的に伝えようとしなければ伝わりません。

そして我々は、眼から入る情報に影響を受け易いという傾向もあります。(なのでワタシは、ヒトもモノも見た目は大切だと考えています。)

ビジネスの表現力やコミュニケーション力として、戦略的にデザインを活用する起業家や経営者の方が、もっと増えていくと良いなぁと思いつつ、眼の前のシゴトを片付けていく林田でありました。



それにしても、工業デザイナーの立場で、マーケティング的要素を抜きに今回の2車を見ると、モノ(ハードウエアとしてのクルマ)の作りは、カレラGTの方が上手に感じました。

久しぶりにゾクゾク・ワクワクしながら(かつて自動車メーカーで、クルマの開発に携わっていたときから思い返しても、そんな視線で見たクルマは今回が2台目な気がします。)、整備工場でリフトアップされた車両のあちらこちらに頭を突っ込んで見てしまいました。

ひとつひとつの部品の美しいことといったら、、、あの売値では、バーゲンプライスかも、という勢いです。

『いい仕事してます!』




***** 林田 浩一 *****
  
Posted by 林田浩一事務所 at 22:00Comments(5)経営資源としてのデザイン活用

2007年05月22日

マーケットインとプロダクトアウト

先のゴールデンウィーク中に書くのをサボっていたら、このDGブログ動かなくなくなっていました。 

びっくりしたなぁ・・・。

復活したブログも、まだ記事本体部分以外は完璧ではないようなので、久しぶりに恐る恐るの投稿です。 ・・・大丈夫か?



このところある研修用にプログラムを組立てているので、通常のシゴトの合間に思いついたことを都度メモに書き留めています。

そのメモを眺めつつ整理している時に、久しぶりに思い浮かんだのが、『マーケットイン』と『プロダクトアウト』の言葉です。


『マーケットイン』『プロダクトアウト』誰が言い始めたのかは、ワタシは知りませんが、よく耳にしたり眼にしたりするようになったのは、ワタシが学生から社会人へとなる時期だったので、80年代くらいからの様に思います。


書籍をはじめとする各種のマーケティングの解説などでは、この2つについて、

『マーケットイン:顧客のニーズを吸い上げ、汲み取り、事業活動に取り込んでいく考え方』
『プロダクトアウト:企業が自社が有する技術や優位性を基に、顧客への商品・サービスの開発や提供、販売などの事業活動を行う考え方』

おおむねこの様な感じで表現されているかと思います。


ワタシ自身はこれまで商品(製品)開発の現場に関わってきた中での実感として、この2つを比較してどちらが良いか(或いはどちらを採るべきか)と議論することに、あまり意味が無いと考えています。


商品やサービスで成功する為には、ユーザーを意識しないということは有り得ないし、同時に市場でイノベーションを起こそうと思えば、発明や技術、アイデア、ビジネスモデルなどなど、自社の強力なシーズがなければ優位性を保つことは出来ません。

『マーケットイン』も『プロダクトアウト』も一つのことを異なる面から見ているに過ぎないと思っています。


また『ニーズ』を吸い上げるためにユーザー調査を行う、といった表現を見かけることがありますが、これにも違和感があります。



ユーザーは必ずしもニーズを語れる(語る)とは限らない、と考えるからです。


語れるとしたら、聞かれたその瞬間に解決して欲しい不満やニーズであり、それは、ほんの表面的なこと。

その字面どおりに、調査で吸い上げたその表面的なニーズを受ける形で、商品やサービスの開発をしてしまったら・・・。

もし調査から間を置かずに商品なり、サービスなりを提供できるのであれば、及第点は取れるかも知れません。

それでも良くて及第点ではないでしょうか。(始めから及第点狙いの意図をもって展開する、という戦略はまた別の話です。)

ニーズを満たすだけでは、期待以上のものではないですから。(へたすりゃ「ああ」の一言で終わるかもしれません)


むしろ『真のニーズ』などというものは、ユーザー本人の中では顕在化していないところにあるのではないかと。

ですからワタシは、ユーザーが語る『今のニーズ』は参考にはしても、従う訳ではなく、未来の仮説を組み立てる為の素材として使う、というやり方の方がしっくりとくるのですヨ。

そしてその仮説から、商品やサービスとして可視化していくデザイン段階で、如何にユーザーの『気分をくすぐる』か、という部分を創り出すことが大切なのではないかと思います。

この『くすぐり』へのユーザーの反応を確認する意味で、各種のユーザー調査を行う。


勿論この考え方が『唯一の正解』などとは決して思っていませんが、ワタシ自身が育った商品開発の環境が、はじめの企画段階から市場への商品リリースまでに数年間を要するという、自動車のデザイン開発の現場だったせいでしょうか、ユーザー調査から正しい答えが見つかるという雰囲気には、どうも馴染めません。

時々各種の市場調査・分析の類に、万能感を求める方に出会うことがますが・・・、自分自身のことで考えても、数年先の『ニーズ』を正確に語ることなど出来ませんものね。


まずは、ユーザー(と潜在的なユーザー)の志向や行動を観察し、考え、『この指とまれっ』と指を掲げるかのように商品やサービスを送り出すことが、ユーザーの期待以上のオドロキとウォンツを創り出すことへつながります。

『送り手』の立場としても、その方がエキサイティングだと思いませんか?


いずれにしても、マーケットインかプロダクトアウトを分けて議論するのは、無駄であるとつくづく思います。

我々の目的は、手法の分類ではなくユーザーへの価値創造へ集中することにあるはずですから。





***** 林田 浩一 *****
  
Posted by 林田浩一事務所 at 00:46Comments(0)ワンポイントレッスン

2007年05月01日

経験を付加価値へ

『モノより思い出』とナレーションを流していた某ミニバンのCFや、『モノではなく経験を売れ』といった言葉が踊るビジネス誌など、経験やエクスペリエンスという言葉にスポットが当てられることが良く見られるようになりました。


確かに我々がビジネスの対象としてる商品やサービスは、我々を含めた生活者の生存を左右するほどの必需品でもなく、競合・同業も多く存在する、という環境に多くの場合置かれています。

この様な環境下では、自社がユーザーから積極的に選ばれるためには、競合に対して何らかの違い(しかも付加価値としての違い)が必要なのは、以前にも書いた通りです。

そしてモノ(製品)とサービスが一体化してユーザーに提供されることが多くなった昨今、『モノ(製品)』+『経験』の組合せに注目することは、モノ単体では競合との違いを出し難い場合でも、付加価値としての違いを創り出す上で有効な手段となりえます。

ただ、ワタシ個人的には、『モノではなく経験を売れ』ではなく『モノを売るために経験を売れ』という表現の方がスッと入ってくるのですが。(はじめの某ミニバンのCFで描かれる「思い出」の世界は、そのミニバンである必然性のないものですし。)


では、経験が付加価値となるには何が必要なのか。

そのカギの一つとして、ユーザーの期待以上の『何か』があること、が考えられます。


期待以上の『何か』の例として、BMWにおけるサービスフリーウェイ(SWF)を挙げることができます。

ご存知あるいは体験された方も少なくないと思いますが、これは新車購入時に定額を支払うことで、3年とか5年の契約期間中の殆どのトラブル修理は費用負担が不要、加えて24時間エマージェンシーコールサービス付き、という仕組みでした。

BMW(正確には輸入元のBMWジャパン)は、このSWFの仕組みを提供することにより、『輸入車はよく壊れる → 購入後の維持費に不安ある』という点を払拭し、さらに何か事が起きたときには期待以上にサポートすることで、いわゆるマニアではない人々、特に『壊れない日本車』からの乗り換えユーザーの取り込みに成功しました。(そのために、導入初期段階では、かなり『気前良く』無料修理対応していた話も聞きます。)

当然のことながら、競合各社も同様の仕組みを次々と導入し、今や輸入車のみならず国産車にも似たような仕組みを導入するメーカーがでてきています。

これは日本での輸入車ビジネス業界において、大きな影響を与えた出来事の一つでもあったと思います。

もっとも本家BMWの方は、3年新車保障の内容を充実するという名目の下、昨年10月でこの廃止してしまいましたが。(導入初期の『気前良く』パーツ交換に応じていたことの積み重ねで、コスト負担が厳しくなったのか、拡大すべき分の顧客は確保できたと判断したのかは定かではありませんが)



経験の価値に関する別の例として、少し前に眼にした話題に、BMWと逆の例として思い出すニュースがあります。

それは、スターバックスのハワードシュルツ会長が重役陣へ向けたメールとされる、スターバックスブランドへ警鐘を鳴らしたメモを報じたものでした。

曰く、『この10年の間に、1000店舗未満から1万3000店舗の規模に成長する過程で、スターバックの店舗から個性を奪い、顧客のエクスペリエンスを弱めてしまった結果、スターバックスというブランドがコモディティー化してしまったのではないか。』という内容のもの。

コモディティー化するということは、顧客にとってスペシャルな存在ではなくなるということ。
これにより、熱狂的なファンからいなくなり、やがて競合との価格の比較が消費者の選択において優先理由となる。そこに存在するのは、もはや顧客ではなく一見のお客ばかり。これがシュルツ氏がイメージする最悪のシナリオでしょう。

さらに曰く、『・・・物事の核心に戻ろう。イノベーションを押し進めよう。そしてスターバックスを再び、他社とは全く違ったものにするため、必要なことは全てやろう』と記されていたそうです。


自分達の価値を伝えることができる適正の規模はどれくらいなのか、またユーザーが接する全てのモノ・コトをどれだけ一貫性を持ってデザインできるか。

経験が付加価値であるためには、期待以上の『何か』があることと共に、そういったことを常に自問し続けることの重要性を、このニュースは語っている気がします。


製品、サービス、店舗、ディスプレイ、従業員、ウェブサイト、カタログ、チラシ、・・・・ etc. 

ユーザーが接触する全てのものにおいて、我々は一貫性のあるメッセージを出せているでしょうか。





※余談・・・

色々と設定を変えながら撮れる小さなデジカメが欲しくて、先月リコーのGR-DIGITALというデジカメを買いました。

このカメラも、製品とサービスの組合せで付加価値を高めに保つことに成功しているように思えます。
商品寿命が家電並みに短くなってきているコンパクトデジカメの中にあって、発売後1年以上経過した商品にも関わらず、店頭価格がさほど落ちていないのは注目してしまいます。

ワタシの場合は、購入後に新横浜のサービスセンターへ持込み、オートフォーカスの調整とシャッターボタンを1段軽いものへ仕様変更をするというものでしたが、お陰でほぼ快適に使える道具となり、満足満足です。

一眼レフでもないコンパクトデジカメ(とは言え高価格帯の方ではありますが)で、サービスセンターに持ち込むユーザーはさほど多いとも思えませんが、細かい部分でも気持ちよく対応して貰える経験をすると、信頼感が増すのも確かです。


・・・などと細かい調整をカメラにしながらも、今のところシゴト用の写真よりも、我が家の駄猫のこんな写真撮影に使っている頻度の方が高いのですけれどね!



***** 林田 浩一 *****
  
Posted by 林田浩一事務所 at 17:59Comments(0)ワンポイントレッスン